補充書作成ご協力のお願い

補充書作成ご協力のお願い

東京都と国を相手として私たちが争っている「麻生邸リアリティツアー国賠」。いよいよついに最高裁に場を移すことになりました。2010年の訴訟提起から6年 にわたって続けられてきた審理に最終的な判断が下されます。
私たちがこの訴訟で問い続けてきたのは、人の自律と街頭がつくる想像力の意義です。人は勝手にモノを言うために、街に現れなければなりません。誰に導かれも仕切られもせずに、誰かの物言いに反応し、反応されて動くときにしか社会は変わることはないでしょう。そのような人々の間からしか社会を構成する新しい力は現れることはないでしょう。
これはこの間、原発や安保法制の運動から得られた根本的な教訓でもあります。あらゆる意味で、人が街中に現れることそのものには可能性があります。しかし、人が警察に訓致され統制を内面化すればその可能性のほとんどは失われます。運動が求めるのは自律なのに、そこを早々に諦めるのですから。
さて、私たちが求めたのは2008年10月26日 に開催された「反戦と抵抗の祭」プレ企画への警視庁の介入の是非です。首相の大豪邸を見に行くツアーの参加者に公安警察官が体当たりして 逮捕してよいのか、警察みずからが作り出した混乱の中で手あたりしだいに参加者を逮捕してよいのか、警視庁が逮捕の根拠とした東京都公安条例にもあたらず公務執行妨害罪にもあたらない状態であったのに、とつぜん警察官に拉致され12日間にわたって留置場に監禁され続けるこ とを受忍しなければならない理由はあるのか、裁判ではこれらが問われました。
そのことはつまるところ、私たちは自律的に街を歩けるのかどうかという問題です。裁判上、この問題は公安条例の違憲性質を争うという表現になるのですが、言いたいことはつまりそういうことです。
麻生邸リアリティツアーの開催時を思い出します。主催者が出発場所にした渋谷駅ハチ公前で、参加者は数十名の警察官に取り囲まれ監視を受けました。さらに当時警備課長だった宇井警部は、このツアーを警察の管理下におくために主催者に接触して折衝をしています。
裁判で私たちは、現場の警備責任者であった宇井渋谷警察署警備課長を証人として出廷させ、なぜこのように警察が事前に監視していたのかを問いました。すると彼は臆面もなく、ツアー参加者が麻生首相(当時)に批判的な考え方の持ち主である、そのため犯罪に及ぶ可能性が高いと考えた、という趣旨の証言をしたのです。さらに問われて宇井は、参加者がもし首相に同調的な考えの持ち主であれば監視の必要があるとは考えなかった、とまで証言しています。
公安条例はこのように、政権を守るために恣意的に人々の動きを警察が監視・管理し、必要に応じて暴力的に介入する口実として用いられているのです。
私たちが明らかにし問題にすることを求めたのは、このような公安条例の存在そのものが違憲であることの確認、すなわち人々が街頭で自身の見解を述べ、互いに呼びかけ合うことに行政機関は口出ししてはならないこと、人が街頭で政治的に文化的に表現をすることは自由であることの確認です。
最高裁に上告趣意書はすでに提出して、最高裁の門が開かれるかどうかを待つ状況です。しかし、法律上の言葉で私たちが言うべきことは尽くされるものではありません。そこで、補充書の提出という形で言うべきことを言おうと思います。一行でも二万字でも構いません。補充書の作成に協力をお願いします。

麻生邸リアリティーツアー事件国家賠償請求訴訟団

※以下のリンクからダウンロードし、記名捺印の上
〒151-0053
東京都渋谷区代々木4-29-4 西新宿ミノシマビル2F
フリーター全般労働組合気付
麻生邸リアリティツアー事件国家賠償請求訴訟団
まで郵送下さい。(5月24日必着でお願いします)

★ワード版
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★pdf版
https://drive.google.com/open?id=0B6Z-O2Pvt4lyRTBPUi1hUllsMW8