2008年10月26日におきた麻生邸リアリティツアー事件に関する強制捜査によって被害を受けた原告3人と1法人が、東京都と国を被告に国家賠償法に基づく400万円の損害賠償請求を、2010年2月26日付けで東京地方裁判所民事部に提訴。
第1 当事者
原告は、一連の違法な強制捜査により損害を受けた3名と法人であるフリーター全般労組。
被告東京都は、警視庁所属の警察官の違法な現行犯逮捕、捜索差押令状の請求、同令状の執行等に関し、損害賠償責任を負う。
被告国は、その裁判官による違法な勾留状及び捜索差押令状の発布等に関し、損害賠償責任を負う。
第2 本件の概要
本件は、2008年10月26日、「リアリティーツアー62億ってどんなだよ。麻生首相へのお宅拝見」として企画された催しに対し、警視庁所属警察官らが過剰な規制を加え、原告らを東京都公安条例違反、公務執行妨害等として現行犯逮捕(同年11月6日に釈放されるまで勾留)をしたほか、不当にその自宅、事務所等に対して捜索差押を行った一連の強制捜査の違法性を追及するものである。
第3 本件の事実経過
原告園は、東京都公安条例違反(無届け集団示威運動)、原告A(仮名)及び同渡邊は、公務執行妨害罪で、それぞれ現行犯逮捕された。上記3名に対しては、その現行犯逮捕後に勾留請求、同決定がなされ、2008年11月5日には、原告フリーター全般労働組合の事務所に対し、本件を嫌疑とする捜索差押が実施されてパソコン等が押収された。原告ら3名は、同月6日にいずれも釈放されるまでの間、身柄を拘束され続けたが、同月27日に不起訴処分が決まった。
第4 本件各強制捜査の違法性
1 原告園に対する逮捕勾留の違法性(東京都公安条例の違憲性)
警察権力による事前許可制をとり、許可権者に広汎な条件付与を認めている公安条例は、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由を保障した憲法21条1項に違反している。
また、この許可制を集会等についての事前検閲ととらえるならば、「検閲は、これをしてはならない。」と宣明している憲法21条2項にも違反している。
仮に合憲限定解釈論に立ったとしても、憲法上保護されるべき高い価値を有していた本件表現行為に対する逮捕勾留は違法である。
2 原告園に対する逮捕勾留の違法性(構成要件に該当しない)
東京都公安条例が、そもそも違憲無効であり、仮に条例自体が違憲でないとしても本件逮捕が違憲的適用に該当することは上述のとおりであるが、仮にそうでないとしても、原告園の行為は、公安条例違反の構成要件に該当しない。
(1)除外規定に該当する
原告園は、東京都公安条例第1条の許可を受けないで集団示威運動を行ったとして現行犯逮捕された。しかし、原告園が行っていたのは、「麻生首相のお宅拝見ツアー」に他ならず、ただの遠足すなわち日帰りの観光旅行である。従って、東京都公安条例の除外規定に該当し、そもそも公安条例違反の構成要件に該当しない行為である(東京都公安条例第1条1号)。
(2)集団示威行進に該当しない
仮に原告園の行為が除外規定で除外されていないとしても、集団示威運動には該当しない。
すなわち、東京都公安条例に言う「集団示威運動」とは、多数人が彼等に共通な目的達成のため共同して不特定多数の者に影響を及ぼしうる状況下で威力若しくは 気勢を示しつつその意見を表明する行動を言う(昭和36年8月22日東京地裁判決)。
しかし、原告らが参加した麻生邸ツアーの参加者が、何らかの達成すべき共通の目的を持っていたわけではない。また、威力もしくは気勢を示しつつその意見を表明する行動を行おうとしていたわけでもない。そして、麻生邸ツアーの参加者らは、渋谷駅を出発する際に、渋谷警察署警備課長より、プラカードや風船を下ろし人形の首を取った状態ならば麻生邸に行って良いという指示を受け、それに従って風船等を下ろした格好で、歩道を歩いていたのである。
そのツアーの中にいた原告園も、威力や気勢を示しつつ共通の意見を表明する行動など、何ら行っていない。原告園は、人通りの多い渋谷の街を通行していたので、ツアーの参加者が人混みで迷ってしまわないように、目印のために手に持っていたポスターを少し上方に掲げながら歩いていただけである。また原告園は、「これから麻生さんの家に行きます、一緒に行きませんか」と言っていたが、これは、周囲の通行人らに自分が麻生邸に行くことを説明し、一緒に行きませんか、と誘っていたに過ぎない。かかる言辞は、集団に共通する「意見」の表明ではなく、単なる自己の行動の説明と、勧誘である。
(3)原告園は、「主催者」でも「指導者又は煽動者」でもない
東京都公安条例第5条にいう集団示威運動の「主催者」とは、集団行動を行う際にして中心をなす発起人として計画を策定し、集団行動の実施を主催する者と解される。
原告園は、東京都公安条例第5条の構成要件のいずれにも該当しないことは明らかである。従って、警察官らは、何ら犯罪を行っていない者を逮捕したものであるから、現行犯逮捕の要件を満たさず、逮捕は違法である。
3 原告園に対する逮捕勾留の違法性(可罰的違法性、逮捕の必要性の不存在)
(1)可罰的違法性がない
万一、仮に原告園の行為が形式的に東京都公安条例違反の構成要件に該当するとしても、刑罰をもって臨むにふさわしいといえる程度の違法性(可罰的違法性)は認めらない。
原告園は他のツアー参加者と共に麻生邸に向かって歩きながら、ポスターを少し上方に掲げ、「これから麻生さんの家に行きます、一緒に行きませんか」と誘っていたに過ぎないのであるから、実質的に何ら公共の秩序を乱す行為と評価できるものではなく、その行為の違法性は到底可罰的な程度に達していない。
(2)警告・制止(公安条例第4条)を行うことが可能であり、逮捕の必要性に欠ける
万一、仮に原告園の行為が公安条例違反の構成要件に該当し、その違法性が可罰的程度に達しているとしても、警察官らは、まず口頭で「公安条例違反に該当するからポスターを下ろしてください」などと警告を与え、それでも従わない場合には、ポスターを取り上げて一時預かるなどの制止措置をとることが可能であった。しかるに、警察官らはそのような措置を行わずに、突然逮捕したものである。従って、逮捕の必要性に欠けるから、原告園に対する逮捕は違法である。
4 原告渡邊、同Aに対する逮捕勾留の違法性
原告渡邊及びAが警察官の公務の執行を妨害した事実はないから、同人らに対する逮捕、及びそれに引き続く勾留は違法である。
5 原告Aに対する警察官の取調べの違法性
原告Aに対しては、取り調べを担当した警視庁渋谷警察署警備課公安係長伊藤警察官と佐野警察官による支援者、弁護人に対する誹謗中傷や転向の強要、脅迫によって黙秘権を侵害した。
原告Aは、気分変調性障害、広汎性発達障害の診断を受けており、当時はその病状が治りかけている時期であった。そして、警察官らは、原告Aの弁護人が警視庁渋谷警察署署長あてに提出した2008年11月1日付「人権侵害の取調べに強く抗議する」により、少なくとも同日以降はそのことを認識していた。
にもかかわらず、それ以降も警察官らは、原告Aに対し、同様同種の取調べを続行したものであり、こうした取調べは、原告Aの人格や黙秘権を侵害する違法なものである。
6 原告組合に対する捜索差押の違法性
原告フリーター全般労働組合への本件を理由とした捜索差押許可状の発布、執行はいずれも違法である。
本件公安条例違反、公務執行妨害罪自体が嫌疑を欠き、上記捜索差押許可状の発布はそもそもその理由を欠く上、上記事案はいずれも偶発的なものであり、組織的背景は皆無であるから、原告組合に対する捜索差押を執行する必要など全くなかった。
さらに、本件捜索差押の執行においては、原告組合所有のパソコン1台を丸ごと押収しているが、この執行は、明らかに必要性を欠いた違法なものである。パソコンは、原告組合の業務を推進するうえで重要な機材であり、それを押収することの打撃は大きく、現に組合はパソコンの押収によりその円滑な業務の遂行を阻害されたものである。一方、警察官らとしては、単にパソコンのハードディスク内のデータをその場でコピーすれば、捜査の目的は達成しえたはずであり、パソコンをそれごと押収するのは明らかに行き過ぎであって必要性を欠くものである。
また、上記捜索差押えの翌日には、原告ら3名はいずれも釈放され、のちに不起訴処分がなされている。すなわち、本件捜索差押えは、原告ら3名の刑事処分の証拠資料を収集するためというよりは、原告組合に対して圧力を加え政治的に弾圧する目的、あるいは組合員に関する情報を捜索差押さえの名を借りて不当に収集する目的を持ってなされた疑いが濃厚であり、その目的自体が違法である。
第5 結語
よって、原告らは、被告らに対し、国家賠償法1条に基づき、請求の趣旨記載の判決を求めるべく本訴に及んだ次第である。
まとめ:麻生邸リアリティツアー事件国家賠償請求訴訟団
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